中国 GoWin Solution が製造する「R86S」という小型PCがあります。
手のひらサイズの小型PCながら2.5GbEが3ポート、10GbEが2ポートの豊富なネットワークインターフェースを備え、Intel x86 CPU搭載で多様なOSが動作可能、それでいて5万円台からという安さでホームサーバ、NAS、ソフトウェアルータなどの用途に最高と一部界隈で話題になりました。
この「R86S」に Intel AlderLake-N プロセッサを搭載した新バージョン「R86S-N」が登場していたので、AliExpressで購入してみました。
R86S-N シリーズにはスペック違いで3種類のモデルがありますが、違いはCPUとメモリ容量のみで、その他は共通となっているようです。
前モデルの R86S と R86S-N のスペック上の違いとして、CPUが JasperLake 世代から AlderLake-N 世代にアップグレードされ、メモリも LPDDR5 に高速化しました。
NICについては 2.5GbE RJ-45 x3 + 10GbE SFP+ x2 という構成に違いはないものの、2.5GbEのチップが Intel I225-V から Intel I226-V に、10GbEのチップが Mellanox Connect-X3 から Intel 82599 に変更されています。
特に10GbEが Mellanox から Intel に変わった点については人によって好みが分かれるところかもしれません。
その他USB Type-Cが追加され、HDMIと合わせて2画面出力が可能になるなどインターフェース周りが強化されています。
電源入力はバレルコネクタからUSB Type-C形状のコネクタに変わっています。
AliExpressで購入しました。アマゾンマーケットプレイスでも買えるようですが割高です。
今回購入したのは最上位モデルの「N305A」で購入時の価格は75,127円でしたが、その後やや値上がりしているようです。
2023年8月の中ごろに注文して、手元に届くまで3週間ほどかかりました。
外観は従来モデルのR86Sとほぼ同じのようです。一応注文時にカラー「Grey」を選択したのですが届いたものはどうみてもブラックです。
サイズは実測で W 83 mm x D 134 mm x H 41 mm (無線アンテナ部のぞく)
一般的なミニPCと同程度のサイズ感です。
写真の左上から
電源入力はUSB-Cの形をしていますが、USBポートとしては使用できないようです。電源については日本で使ううえで難点がある仕様となっています(後述)
写真の左から
COMポートは今時珍しいUSB Mini-Bの形をしており、使用するにはなんらかの変換ケーブルを用意する必要がありそうです。
USB-CポートはDP-Altによる映像出力に対応しており、HDMIとあわせて2画面出力が可能です。ただしBIOS画面はHDMIでしか映りませんでした。
なお側面の各ポートは少し奥まっているため、ケーブルによってはしっかりとささらない場合がありました。特にUSB-Cポートは手元の3本中2本がダメでしたのでケーブル相性が厳しいです。
(個体差もあるかもしれません)
底面のネジ止めされた裏蓋を外すと M.2 2280 空きスロットx1 があります。(写真は手持ちのM.2 SSDを装着しています)
M.2スロットにSSDを装着する場合、ヒートシンクが付いているタイプですと裏蓋と干渉する可能性が高いです。
本体は上部と下部がモナカ状に分かれる構造になっていて、下部モジュールを交換できるようになっています。標準で装着されているのは 10GbE x2 + M.2 2280 x1 を備えたモジュールですが、10GbEが無いかわりに M.2 2280 x1 + M.2 2230 x1 (Wi-Fi用) を備えた薄型モジュールも付属しています。
薄型モジュールに換装すると写真のように本体がかなり薄くなります。
なお各部のネジは一般的なプラスネジではなく六角ネジ(H1.5)ですが、ドライバーが付属しているので持っていなくても大丈夫です。
(ロゴ付きの妙にかっこいいドライバーが付属します)
特に日本でR86S-Nを使用するにあたり、本機の電源まわりの仕様について少し悩ましい問題があります。
本機に付属するACアダプターの仕様は
プラグ形状こそ日本と同じA型ですが電圧は中国仕様の220Vで日本の100Vには対応していません。もちろんPSEマークもありませんので、安全性の面からも使用にはリスクが伴います。
出力側はUSB-Cですので、市販のUSB-PDアダプタが使用可能ではあるのですが、現在日本で販売されているUSB-PDアダプタはどれも12V-3Aが最大で、4A以上の出力に対応しているものは見たことがありません。
また、USB-PD規格での12V出力はオプション扱いなので、Ankerなど人気のUSB-PDアダプタでも12V出力に対応していないものがあります。12V非対応のAnker製USB-PD 65Wアダプタを繋いでみましたがやはり動作しませんでした。
よって本機を日本で使用するうえでの電源の選択肢としては、
の2択となります。
今回は12V-3A出力のUSB-PDアダプタを使用して動作確認を行っています。
本機は金属製のボディで、ボディ自体がヒートシンクとなっているため動作中はかなり熱くなります。手で数秒以上は触れなくなる程度の熱さになります。
排熱は上部に小型の吸気ファンがあり、背面から排気されるようです。
動作時はファンが常に回っていてそれなりの風切り音がしますが、低負荷時はそれほど大きな音はしません。動いていることは明確に分かりますがうるさいと感じるほどではありませんでした。
ただ高負荷時はファンの回転数が上がり、かなりの音がするようになります。ホームサーバ用途であっても寝室に置くのは難しいかと思います。
消費電力は電源入力にUSBワットチェッカーを挟み込んで計測したところ、アイドル時が10~12W程度、高負荷時には瞬間的に40Wを超えることもありました。
10GbE未使用時の値なので、10GbEを使うともう少し上がりそうです。
本機は Intel AX201 による Wi-Fi6 + Bluetooth 5.2 を備えていますが、日本国内で使用するために必要となる技適マーク表示は確認できませんでした。そのため、原則として無線は使用できません。
今回レビューにあたり本体無線アンテナは取り外したうえで Wi-Fi および Bluetooth はOS上で無効化し一切使用していませんが、念のため「技適未取得機器を用いた実験等の特例制度」による届出を行いました。(届出番号:01-20230910-03-470438)
電源を入れてR86Sのロゴが表示されている間にDELキーでBIOS設定画面に入れます。
BIOSはごく一般的なAMI BIOSです。
意図的なものかどうかは不明ですが、PCIデバイス関連の設定項目が丸ごと存在しないようで、 VT-d や SR-IOV などの機能設定を確認/変更することができません。VMWare等の仮想化環境での使用を検討している場合は要注意です。
2023/09/30 追記
メーカーサポートに連絡したら新バージョンのBIOS (ADLN0 0.11
)を送ってくれて、アップデートしたらPCIデバイス関連の設定項目が見えるようになりました。
下の画像はバージョンアップ後の画像に差し替えてあります。
CPUの電力設定について、PL1、PL2は標準通りの値が設定されています。試してはいませんが変更もできそうでした。
デフォルトでは内蔵eMMCに「iStoreOS」なるOSがインストールされていました。OpenWrt系の中国製OSのようですが当然使うつもりはありませんのでスルーします。
R86S-N を使用する方は Ubuntu や OpenWrt などをインストールする場合が多そうですが今回は Windows 11 22H2 を入れて動作確認することにしました。
なお、後述しますがドライバサポートの関係上、R86S-Nと Windows 11 は相性が悪いです。Windows系を入れるのであれば Windows 10 か Windows Server のほうが良いでしょう。
OSインストール自体は特に注意することはありません。今回は内蔵eMMCではなくM.2 SSDにインストールしました。
Windows 11 の標準ドライバではNICが認識されないため、USBメモリ等でIntel ネットワークドライバをコピーしてインストールします。これで2.5GbE I226-V が認識されるため、インターネットに接続してWindows Updateをかければ大体のドライバが入ります。
それでも10GbEのドライバが入らず認識しません。これは Intel 82599 が Windows 11 でサポートされていないという罠があるためです。そのため Windows 10 用のドライバを入れる必要があります。
Intel イーサネット アダプター完全ドライバー パックをダウンロードしてZIPを展開し、PROXGB\Winx64\NDIS68\ixn68x64.inf
をインストールすることで認識するようになります。
簡単にベンチマークを取りました。すべて Windows 11 環境で、PL1/PL2は標準設定です。
内蔵eMMC
eMMCというと遅いイメージがありますが、本機はシーケンシャル/ランダムともに十分高速です。OSディスクとして使って問題ないでしょう。
M.2 SSD (WD Blue SN550 500GB)
テストに使用したSSD SN550 (PCIe 3.0 x4)は公称シーケンシャルリード 2,400 MB/sですが、全くそれに及ばない結果となっています。
これは本機のM.2 2280スロットが PCIe 3.0 x1レーンしかないためで、高速SSDのスペックを100%引き出せる仕様ではないことは注意が必要です。
ちなみに10GbEを備えない薄型モジュールのM.2 2280スロットはPCIe 3.0 x4レーンとなっており、より高速です。10GbEを諦めることにはなりますがストレージ速度を優先したい場合はこちらを使うのが良いでしょう。
ベンチマーク実行中のCPU温度はおおむね70℃前後で、最大でも80℃程度でした。サーマルスロットルは発生していませんがパワーリミットにひっかかっていたのでPL1を少し引き上げるともっと性能が出る気がします。
R86S-Nの10GbE SFP+インターフェースにSFP-Tモジュールを接続し、サーバ側の10GBase-TインターフェースとCAT7のLANケーブルで直結した状態で帯域幅を計測しました。設定はドライバの標準状態のままとしています。
(TCPオフロード:有効、ジャンボフレーム:無効、送受信バッファ:512、フロー制御:有効)
C:\iperf-3.1.3-win64>iperf3.exe -c 192.168.31.10 -P 10
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
[ ID] Interval Transfer Bandwidth
[ 4] 0.00-10.00 sec 1.10 GBytes 943 Mbits/sec sender
[ 4] 0.00-10.00 sec 1.10 GBytes 942 Mbits/sec receiver
[ 6] 0.00-10.00 sec 1.10 GBytes 943 Mbits/sec sender
[ 6] 0.00-10.00 sec 1.10 GBytes 943 Mbits/sec receiver
[ 8] 0.00-10.00 sec 986 MBytes 828 Mbits/sec sender
[ 8] 0.00-10.00 sec 986 MBytes 827 Mbits/sec receiver
[ 10] 0.00-10.00 sec 979 MBytes 821 Mbits/sec sender
[ 10] 0.00-10.00 sec 978 MBytes 821 Mbits/sec receiver
[ 12] 0.00-10.00 sec 974 MBytes 817 Mbits/sec sender
[ 12] 0.00-10.00 sec 973 MBytes 817 Mbits/sec receiver
[ 14] 0.00-10.00 sec 976 MBytes 819 Mbits/sec sender
[ 14] 0.00-10.00 sec 976 MBytes 818 Mbits/sec receiver
[ 16] 0.00-10.00 sec 959 MBytes 804 Mbits/sec sender
[ 16] 0.00-10.00 sec 959 MBytes 804 Mbits/sec receiver
[ 18] 0.00-10.00 sec 996 MBytes 835 Mbits/sec sender
[ 18] 0.00-10.00 sec 995 MBytes 835 Mbits/sec receiver
[ 20] 0.00-10.00 sec 954 MBytes 800 Mbits/sec sender
[ 20] 0.00-10.00 sec 954 MBytes 800 Mbits/sec receiver
[ 22] 0.00-10.00 sec 990 MBytes 830 Mbits/sec sender
[ 22] 0.00-10.00 sec 990 MBytes 830 Mbits/sec receiver
[SUM] 0.00-10.00 sec 9.83 GBytes 8.44 Gbits/sec sender
[SUM] 0.00-10.00 sec 9.82 GBytes 8.44 Gbits/sec receiver
iperf Done.
並列数10で 8.44 Gbps という結果で、理論値 10 Gbps にはやや及ばない結果となりました。
なお、MTUを9000まで上げたり送受信バッファを増やしたりしてみても結果はほとんど変わりませんでした。
Microsoft製のネットワーク帯域ベンチマークツールです。
https://github.com/microsoft/ntttcp
C:\NTTTCP>ntttcp.exe -s -m 8,*,192.168.31.10 -t 30
Copyright Version 5.39
Network activity progressing...
Thread Time(s) Throughput(KB/s) Avg B / Compl
====== ======= ================ =============
0 30.002 120147.723 65536.000
1 30.002 118319.579 65536.000
2 30.002 120339.711 65536.000
3 30.002 219703.753 65536.000
4 30.002 120256.516 65536.000
5 30.002 219825.345 65536.000
6 30.002 120937.004 65536.000
7 30.002 118571.295 65536.000
##### Totals: #####
Bytes(MEG) realtime(s) Avg Frame Size Throughput(MB/s)
================ =========== ============== ================
33931.000000 30.004 1459.983 1130.887
Throughput(Buffers/s) Cycles/Byte Buffers
===================== =========== =============
18094.187 0.208 542896.000
DPCs(count/s) Pkts(num/DPC) Intr(count/s) Pkts(num/intr)
============= ============= =============== ==============
15232.492 6.278 35183.038 2.718
Packets Sent Packets Received Retransmits Errors Avg. CPU %
============ ================ =========== ====== ==========
24369617 2869275 0 0 3.092
8スレッド実行30秒間で 1130.887 MB/s (= 9.05 Gbps) という結果が得られました。
なお、MTUを9000まで上げた場合には 9.4 Gbps 程度の結果が出ることも確認しました。